HOME > ADHOUSE式 > コラム > ADハウス通信 2012年4・5月号「ホントはどうなの?LED(4)」


コラム

2012.04.01更新

ADハウス通信 2012年4・5月号「ホントはどうなの?LED(4)」

まだ浅い春ながらも、新しい季節の始まりに心が躍ります。厳しい寒さが募った今冬は疲れも溜まりがち。心と体に充分な春支度を整えましょう。

ホントはどうなの?LED(4)

これまで3回に渡ってLED照明について詳しくお伝えしてきました。

[sitecard subtitle=関連記事 url=/111201led01]

[sitecard subtitle=関連記事 url=/120201led02]

[sitecard subtitle=関連記事 url=/120401led03]

読まれた方の中には、LED照明は難しそうだから諦めようと思われた方、逆に興味を感じてLED照明を使ってみたいと思われた方、様々いらっしゃると思います。

さて、そもそもあかりとは、何のためにあるのでしょうか?
暗いところを明るくするあかり、そのあかりには大切な役割がたくさん含まれています。今回はLEDの難しい話は少し置いて、あかりにまつわる様々なお話をお届けします。住まいの明かりづくりの為に、なにかヒントになるかもしれません。お気楽にどうぞ。

日本中が明る過ぎる訳

日本人はとにかく明るさ好きだと言われています。

事実、日本の一般的な家庭の照明を調べてみると、必要と言われる照度をはるかに超えて何倍も明るい例がほとんどだそうです。
それでもまだ明るくあるべきという風潮は根強く、諸外国からはとても不思議に思われています。

この明るさ至上主義は戦争中の灯火管制の反動から始まったと言われています。
戦争が終わり、何の遠慮もなくあかりをつけることができるようになった時、部屋に灯された一個の白熱電球は人々の大きな希望になりました。それからしばらく後に蛍光灯が登場すると、その眩しいくらいの明るさに皆たちまち魅了されていきます。戦争の暗い思い出を一掃するような明るい光は、やがて文明の豊かさを象徴するものへ変わっていきました。明るいことはいいことだと信じられ続け、いつしか日本の明かりは明るいものだけになってしまったようです。

実は、明るさにはある種の「中毒症状」が存在しています。
人や動物は暗闇を警戒し、怖がる習性を持っています。暗い場所にはなかなか順応せず落ち着きませんが、明るい環境には安心感からかすぐ馴染み、それが当然と思うようになります。いったんその明るさに慣れてしまうと、今の明るさ以下の環境に戻ることは難しくなり、次は必ずより明るくなる方を選ぶと言われています。日本はまさにその中毒症状に陥っています。明るさに対する感覚がこれ以上麻痺してしまわないように、立ち止まって考え直す時が来ていると言えるでしょう。

明るさにはある種の「中毒症状」が存在しています

あかりひとつがとても大切に扱われていた50年前に比べ、今や日本の家庭では10倍もの照明が当然のように使われており、光が洪水状態と言われています。

蛍光灯の功罪

また日本では、白熱灯や電球色と呼ばれる温かみのある、色温度の低いオレンジ系の照明よりも、はっきりとした青白い光の蛍光灯が好まれて売れています。高温多湿の日本では古来より太陽光が信仰され、太陽と同じような爽やかな白い光を求める傾向にあるようです。それは一見問題ないようにも思えますが、家庭の中が四六時中、太陽光と同じような光に照らされているのもよく考えると異様な状況です。蛍光灯の青白い光は色温度が高いと言い、脳が覚醒されるような明るさがあります。一日中元気な光を浴び続けて生活し、就寝直前に消灯というパターンでは脳の休まる時間が全くなく、眠りが非常に浅くなるなど睡眠の質に影響します。
これはまだ研究段階の話ですが、長寿大国の日本で認知症老人の比率が突出して高いことに世界が注目し調査が進んでおり、その原因の一つとして蛍光灯による明るすぎが指摘されています。脳が刺激され続け、気付かぬうちに一年中「時差ぼけ」のようになり、神経が疲労しているのではないかと言われています。

白熱灯のように色温度が低いあかりは照度を落とすと柔らかなよい雰囲気が得られるが、蛍光灯のような色温度が高いあかりは照度を落としてしまうと陰気な感じに

白熱灯のように色温度が低いあかりは照度を落とすと柔らかなよい雰囲気が得られるが、蛍光灯のような色温度が高いあかりは照度を落としてしまうと陰気な感じに。蛍光灯はより明るく照らし続けなければ満足しない結果となる。

特にお年寄りは暗い部屋を嫌がる傾向にあり、実際高齢になると視機能が衰えるので、若年者家庭の2、3倍は明るくしなければならないとされています。しかし、部屋全体を隅々まで均一に白く明るく照らし続ける必要はありません。ひと部屋に蛍光灯が一灯だけという例は多く見られますが、これでは光が一か所に集中するだけであかりが広がらず、逆に暗い印象になりがちです。
色温度の低い、暖かな光の色を各所に設け、壁や天井を照らすと空間に明るさ感が生まれて眼にも優しく、落ち着いた部屋になります。部屋を包み込むようなイメージであかりを考えてみましょう。将来に渡って快適で心地よい生活を送るために、あかりの質について考えてみることが大切です。

谷崎潤一郎著作の「陰翳礼讃」
谷崎潤一郎著作の「陰翳礼讃
随筆ですが、実は今もデザイナーの隠れバイブルとも言われる名作。
一筋の光の美しさなど、日本人の美意識の原点を説いている。

編集後記

関西はそうでもないのですが、関東は大震災以降、節電モード全開で相変わらずどこも照明が暗~いんです。去年震災直後に横浜に帰省した時は街のあまりの暗さに驚きましたが、今も結構そんな感じ。慣れればいいのかなと思いつつも、やっぱり何か薄気味悪いんですね。蛍光灯が外されて器具だけ残っていたりするから、ウラ寂しさと寒々しさが重なって余計に残念。

ある照明士さんにお話を伺いましたが、非常に嘆いておられました。「まったくひどすぎる、専門家にひと言相談してくれればいいのに。めちゃくちゃな間引き照明するから、駅ホームで電車のドア上が真っ暗なのに窓は照らされてたりする。足元が危ないったらありゃしない。入り口の照明が消された公衆トイレもある、そんなトイレに誰が行くと思いますか?震災で皆が不安を抱えている時に、危険なほど暗くするのはもっての外だし、人を不安にさせるような明かりは絶対ダメですよ。」ごもっともですねえ。
阪神大震災の時も、被災された方がロウソクの光ひとつにどんなに癒され励まされたかとおっしゃっていました。あかりって、安心できるものであることが一番なんですね。そして安全、快適。節約だエコだと一生懸命になる前に、原点を振り返ることは大事だなと思いました。

ところで、LED電球ってこれからまだまだ進化しますか?と聞くと、「もうあと2,3年で開発も限界かな・・・これまで白熱灯に似せよう、似せようと頑張ってきたけど、そろそろこれぞLED!っていう、LEDにしかできない照明が出来てもいい頃だけどね」そう、LED電球だっていつまでも白熱灯の代替え選手っていう立場もカワイソウ。LED照明ってステキだわと思うような、カッコよくてスタイリッシュな器具で、お値段も安くて使いやすいという商品(欲張りすぎ?)誰か作ってよ~。原点に戻ってみよう、きっと発想も変わるはず!そんな風に感じた編集者でした。

AD HOUSEが叶える
“理想の暮らし”

MORE